「攻め」と「守り」の両立を目指した、ロート製薬のレチノール研究
近年話題の成分として注目されている「レチノール」。肌にハリ・ツヤを与え、エイジングケア効果が高い成分として期待されています。その高い有効性の一方で、肌への反応性が高く、赤み・乾燥・皮むけのような副反応(A反応)が起こりやすいという課題もある成分です。
スキンケア市場で「効果」を重視するトレンドが強まる中、「安全性」との両立を目指し、A反応と向き合い続けたロート製薬のレチノール研究からわかった最新知見について、開発担当のりこぴんに教えてもらいました。
- INDEX
- そもそも、レチノールのA反応って?
- 新発見!殺菌作用などでも知られる「ユーカリ油」が細胞レベルでレチノールの有効性を保ちながら、A反応を抑制!
- 特許出願!レチノールの浸透速度をコントロールする技術
- 最後にお客様へひと言
教えてくれたのは・・・

そもそも、レチノールのA反応って?
レチノールを肌に塗布した際、赤み・乾燥・皮むけのような症状を起こすことがあります。これがレチノールの「A反応(レチノイド反応)」と呼ばれる副反応です。
一部のSNSなどでは、「A反応が起こってこそ成分が効いている証拠」と思われている声も見られますが、それだけを指標にするのは注意が必要です!
A反応は、肌に炎症を引き起こし、肝斑などの肌トラブルにつながるリスクもあると言われています。そのため、レチノールの使用においては、できるだけA反応を起こさないことが望ましいとされています。
そんな中、ロート製薬では、有用性の高い成分をより安全に、安心して使っていただくために、お客様の肌悩みに真摯に向き合いながら、長年にわたってレチノールの研究を重ねてきました。
そして今回、これまでの方法とは全く異なる2つのアプローチで、レチノールのA反応を起こりにくくし、有効性と安全性を両立できる成分の発見と技術開発に成功しました。
新発見!殺菌作用などでも知られる「ユーカリ油」が細胞レベルでレチノールの有効性を保ちながら、A反応を抑制!
ユーカリの葉から抽出される「ユーカリ油」は、これまでに消炎・鎮痛・解熱・殺菌作用などを持つことが知られており、医薬品としても使用されてきた成分です。そんな「ユーカリ油」が、レチノールの効果を保ちつつ、安全性を高める可能性がある成分であることが、ロート製薬の研究から明らかになりました!
※ユーカリ油:化粧品表示成分名称「ユーカリ葉油」
▪実験1:「ユーカリ油」は、レチノールの炎症を抑制
皮膚のバリア機能を形成するのに欠かせない「CLDN1(クローディン-1)」というタンパク質。レチノールはこの「CLDN1」の産生を減少させてしてしまうことがわかっており、これがA反応に関係している要因の1つと考えられています。
そこで、様々な成分をレチノールと一緒にヒト表皮角化細胞であるケラチノサイトに添加して「CLDN1」の産生量を調べたところ、レチノール単独と比較し、「ユーカリ油」または別の候補成分「エキスA」があると、「CLDN1」の産生量が高まることが確認されました。
この実験結果から、「ユーカリ油」と「エキスA」は、肌のバリア機能を高めることで、レチノールの副反応である炎症を抑えることが期待されます。

<試験方法>
ケラチノサイトに塩化カルシウムとレチノールを加え、さらにユーカリ油や各エキスを同時に添加し、120時間の培養後、免疫染色法を用いてCLDN1タンパク質の産生量を解析した。
上図:CLDN1タンパク量を表す染色の平均総ピクセル輝度について、レチノール群を100とした際の各群における値を縦軸としたグラフ(n=3)
レチノールによる炎症を抑えられたとしても、肝心の“良い効果”まで弱まってしまっては意味がありません。そこで次に、「ユーカリ油」と「エキスA」が、レチノールの有効性に影響を与えないかどうかを確認する実験を行いました。
▪実験2:「ユーカリ油」は、レチノールの有効性に悪影響を及ぼさない
レチノールの有効性のひとつに、「ヒアルロン酸合成酵素(HAS3)」の産生を促す働きがあります。そこで、レチノールと一緒に「ユーカリ油」または「エキスA」をそれぞれケラチノサイトに添加した場合に、HAS3の産生量がどう変化するかを調べる実験を行いました。
その結果、「エキスA」はレチノールのHAS3産生促進を抑制してしまうのに対し、「ユーカリ油」はHAS3産生促進を妨げないことが確認されました。
【HAS3産生】

<試験方法>
ケラチノサイトにレチノール、さらにユーカリ油またはエキスAを同時に添加し、培養2時間後におけるHAS3の遺伝子発現をリアルタイムPCR方にて解析した。
上図:control群を100とした際の各群におけるHAS3遺伝子発現量を縦軸としたグラフ(n=3)
これら2つの実験結果から、「ユーカリ油」はレチノールの有効性を損なうことなく、安全性の向上に貢献できる成分であることを、ロート製薬は研究によって明らかにしたのです。
特許出願!レチノールの浸透速度をコントロールする技術
さらに、レチノールの有効性を保ちながらA反応を抑えるには―。その方法を模索する中で、私たちは“レチノールの皮膚への浸透速度”こそが鍵になるのではないかと考え、浸透をコントロールする研究をスタートさせました。
ヒントとなったのは、医薬品の効果を高めつつ副作用を抑える「ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)」という技術です。
レチノールは浸透速度が速すぎると、その分肌への刺激も強く出てしまいます。そこで、ゆっくりと穏やかに浸透させることで、A反応を起きにくくする新しいアプローチの開発を目指しました。

▪油の極性に着目した、独自の浸透コントロールサイエンス
レチノールの浸透速度をコントロールする方法として、私たちが注目したのはレチノールの「極性」です。極性とは簡単に言うと、“性質の近さ”や“馴染みやすさ”を表すもので、極性が近い物質同士は馴染みやすく、遠いと馴染みにくくなります。
この性質に着目し、
「レチノールとベース製剤の極性が近ければ、ゆっくりと馴染みながら浸透する=刺激(A反応)が起きにくい」
という仮説のもと、レチノールの浸透を緩やかにする成分の探索を進めました。
その結果、たどり着いたのが「ステロールエステル」と「植物油」です。これらは、レチノールと極性が近く、非常に相性の良い油です。三次元人工培養皮膚モデルを用いて、レチノールの浸透速度を評価したところ、以下のことを確認できました。
●極性がレチノールに近い油(ステロールエステル・植物油)
→ レチノールの浸透を緩やかに
●極性がレチノールに遠い油(非極性油・両親媒性油)
→ レチノールの浸透を早める

<試験方法>
三次元人工培養皮膚モデルにレチノールと各IOBの油剤を添加し、4時間後に回収した。表皮細胞のレチノールを抽出し、HPLCにて定量した。さらに、製剤でも同様に試験を行い、表皮細胞中のレチノールを定量した。
(n=3、Dunnett **:P<0.01、ロート製薬研究所実施)
このレチノールの浸透速度を緩やかにする成分の組み合わせの発見は、レチノールの効果をしっかりと発揮しながら、安全性を高めた製剤の開発へとつながる重要な成果となりました。
最後にお客様へひと言

レチノールに関しては、まだまだ未知の部分も多く、「そもそもA反応とは?」を考えるところから研究は始まりました。仮説を1つ1つ検証しながら、1つ分かるとまた新たな課題が出てくる…全体像を描きながら地道にピースを集めていく道のりは、長く険しいものでした。しかし、基礎研究や製剤開発の部門だけでなく、社内のさまざまな部門メンバーの知見と協力を結集させて、このレチノールの有効性と安全性を両立させる新技術を見出すことができました。
これからも、お客様の美と健康を支えるために、サイエンスに裏打ちされた高品質な製品をお届けできる研究を続けていきたいと考えています!
「ユーカリ油」に着目したきっかけは、実はコロナ禍の最中にまでさかのぼります。
当時、消毒による肌荒れが多くの人の悩みとなっており、バリア機能を強化できる消毒剤の開発に取り組んでいたことが、大きなヒントになったのです。
今回の研究は、これまでにない評価系での実験だったため、試験の設計からスタート。
前提条件が正しいのかどうか、同僚と何度も議論を重ねながら進めた試験の確立には、時間と労力がかかりました。
「レチノールの有効性を損なわず、炎症だけを抑える」――その両立ができる成分を見つけることは想像以上に難しく、なかなか成果が出ない時期もありました。
そんな中で「ユーカリ油」の実験結果を目にしたとき、研究員一同、思わず顔を見合わせるほど驚きと喜びでいっぱいになりました。